Le Mans 24h 1995

GT1に挑戦

この年からは本来のGTカー・レースということで関心も高まり、話題のマクラーレンF1や日本からも多数のエントリーとなった。NSXはGT1クラスに3台、GT2クラスでは2台のエントリーだったが、残念ながら、4月30日の予備予選を義務付けられた車両の2台にトラブルを生じ、結局決勝にはGT1ではエンジンを縦置きとしたターボ車とNAそれぞれ1台とGT2の1台、計3台が出場に。

ル・マン入りの翌日は早速車検。前日にも数台が受けているが、メインは13日だ。前日に配布された資料にスケジュールが書かれているので、お目当ての車の時間にあわせてホテルから歩いてジャコバン広場へ。ここでは実際に車検を行うところには柵がしてあり、中には関係者やプレスしか入れないが、車両をトランスポーターから降ろし、その柵の中まで押して行く間に、車に触れられるほど近くまで行けるので、車好きにはたまらない。今年のNSXの赤は、昨年の赤より遥かにきれいだ。また、トレッドを広げたことによるオーバーフェンダーの処理が見事で、なかなか迫力のある魅力的な車に仕上がっている。車検時のホイールは18インチ金色だった。

翌14日と15日は予選だ。それぞれ19時から21時までと22時から0時30分まで、19時から21時までと22時から24時までの2回行われる。この時期は本当に陽が長く、サマータイムとはいえ2回目のセッションが始まるころまで十分明るいのには驚いた。GT1の車両は様々なトラブルを抱えており、最終的にはターボ車が30番、NA車が46番手に甘んじた。こうした中、チーム国光のGT2クラスNSXは38番手(クラス3位)のタイムを出し、予備予選での好調ぶりがここでも伺えた。

16日は行事はほとんどなく、夕方6時から市内の中心地リパブリック広場周辺でドライバー達がクラシックカーに乗ってパレードをするのみ。

スタート

17日、いよいよ決勝スタートの日。スタートは午後4時だが、朝からサーキット内では様々なイベントが催される。時間はどんどん経過し、いよいよ各車がピットを出てコースを1周し、所定の位置に付く。何と、ここでチーム国光NSXがピットイン。ピットスタートとなり、心配だ。コース上では各車最後の調整。15時50分頃だろうか、ペースカーに先導されて全車がグリッドを離れる。一周13.6Kmを走り、最終コーナーにペースカーが再度現れるのを観客達は今か今かと首を長くして待っている。来たっ、そしてペースカーはピットロードへ。フランス国旗が振られる。ものすごい歓声、レースのスタートだ。長いレースなので意味はないが、オープニングラップを飾ったのはLMP2クラスのプジョー、NSXは17番手くらいだった。今年は昨年とうってかわって、ずっと曇り空で寒く、レース中何度もしとしと小雨が降る肌寒い24時間だった。当初の予想ではWSCクラスが優勝候補だったが、この天候のせいでトップ争いは混沌としてきた。GT1NSXのターボ車はスタート後30分頃にクラッチトラブルでリタイア、NA車もポル シェ・コーナーでのクラッシュで修復に時間がかかるなどで大きく後退してしまった。

GT2クラス優勝

日曜日の午後になってトップ争いは2台のマクラーレンと地元の盛大な声援をうけ、マリオ・アンドレッティのドライブで話題のクラージュに絞られた。もう一つの関心はGT2クラスのトップ争いで、こちらは昨年も速かったキャラウェイ・コルベットとチーム国光のNSXだ。最後のピットインを終えコースへ復帰、何とか最後までポジションをキープしてくれ、、、。そして、午後4時のゴール。関谷選手、日本人初の総合優勝。おめでとう、やりましたね。そして、NSXも参戦2年目にしてチーム国光がGT2クラスで優勝。この他にも日本勢は大活躍でした。このような内容の年に観戦できて、とてもうれしい。 今年の印象をまとめると、1.マクラーレンF1GTRはやっぱり速かった、2.雨が大きく成績に影響した、3.ポルシェの影が薄くなった、といったところかな。調子のいいマクラーレンの音をストレートエンドで聞いていると、フェラーリの音を一層高く、大きく、強くしたような感じで「フアーーンッ」「フアーーンッ」「フアーーンッ」「フアーーンッ」とそれはそれはすばらしいものだった。雨で寒くて、本命とされていたWSCは苦戦し、一方でスピードを押さえざるを得ず、そのことが駆動系への負担を軽くした結果の勝利とはいえ、あの速さはすごいものだった。すぐにマクラーレンに対抗できる車が出て来ることは考えにくく、来年ACOは何らかの規制を加えざるを得ないのではとさえ、この時点で言う人がいて、同意できる。ポルシェはエンジンで数えると12台、完走は4分の1だった。マクラーレンの活躍が目立ち、またNSXのGT2での優勝もあって、昨年と比較すると明らかに目立たない存在となってしまったようだ。来年はいかなる戦いになるのか興味も深まるばかり。(記、1995年)